上杉謙信の家紋「竹に雀」の謎|毘沙門天の旗印との違いと複数ある理由
上杉謙信の家紋「竹に雀」の謎|毘沙門天の旗印との違いと複数ある理由を詳しくリサーチ! 読者が気になる トピックの裏側を分かりやすく展開します。
上杉謙信の家紋を調べると、「竹に雀」「笹竜胆」「九曜紋」など複数の意匠が登場します。このように上杉謙信の家紋が複数ある理由は、彼の出自と名前の変遷を辿ることで鮮やかに見えてきます。
謙信はもともと、越後国の守護代を務めていた長尾為景の末子・長尾景虎として誕生しました。長尾家は坂東八平氏の流れを汲む名門であり、景虎の青年期までは当然ながら長尾家の家紋を用いていました。しかし、関東の覇権をめぐる動乱が彼の運命を大きく変えます。
当時、後北条氏の猛攻によって本拠を追われた関東管領・山内上杉家の当主である上杉憲政が、越後の景虎を頼って逃れてきました。永禄4年(1561年)、景虎は憲政を奉じて小田原城を包囲し、相模国鶴岡八幡宮において関東管領職を正式に継承します。これに伴い、景虎は上杉姓と憲政の一字を譲り受けて「上杉政虎(のちの謙信)」と改名。同時に、名門上杉家の正統な後継者たる証として、代々伝わる重宝とともに「竹に雀(上杉笹)」の家紋を継承したのです。
自身の誇り高い血筋を示す長尾家の紋を大切に残しつつ、室町幕府体制における最高の権威である関東管領・上杉家の紋を公式に身に纏う――。複数の家紋の併用は、守護代の下克上ではなく、幕府秩序を回復する「義の旗手」としての正当性を天下に示すための計算された選択でした。