島倉千代子の若い頃が美しすぎる!奇跡の写真と壮絶人生の真相
島倉千代子の若い頃が美しすぎる!奇跡の写真と壮絶人生の真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
一躍脚光を浴びた少女の原点には、あまりにも過酷な幼少期の悲劇がありました。東京都品川区に生まれた島倉さんは、太平洋戦争末期の疎開先である長野県松本市で過酷な幼少期を過ごします。そして終戦の年、わずか7歳だった彼女を悲運が襲いました。井戸端の洗い場で転倒した際、割れたガラス瓶で左手首に深さ数センチに達する大ケガを負ってしまったのです。
輸血用血液の確保もままならない終戦直後の混乱期、母の必死の看病で一命は取り留めたものの、神経の損傷によって左手首は曲がったまま硬直。不自由になった手を少しでも動かせるようにと、母が勧めたのが歌のレッスンでした。傷口のリハビリとして始めた歌唱は、やがて彼女の天賦の才能を開花させることになります。
ハンディキャップと周囲からの心ない視線に耐えながら、彼女は1954年に日本コロムビアの全国歌謡コンクールで見事優勝を果たします。翌1955年、16歳でリリースしたデビュー曲『この世の花』は、同名映画の主題歌として空前の大ヒットを記録。レコード売上は実に200万枚を突破し、瞬く間に全国津々浦々にその名を知らしめるトップスターへと駆け上がりました。