吉本興業東京本部はなぜ廃校に?新宿・花園神社隣の校舎の謎と全貌
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きらびやかな芸能界のイメージとは対照的に、吉本興業東京本部はノスタルジックな佇まいの校舎をそのまま活用しています。この拠点が誕生した背景には、都心の廃校利活用を模索していた行政と、分散していた拠点を集約したかった吉本興業双方の明確な戦略がありました。
東京本部の所在地である新宿区新宿5丁目18番21号の敷地には、もともと1934年(昭和9年)に建てられた「新宿区立四谷第五小学校」がありました。震災復興建築の流れを汲むアールデコ調の優美な意匠を持つ鉄筋コンクリート造の校舎でしたが、都心の少子化・ドーナツ化現象に伴い、1995年(平成7年)に近隣校との統合によって惜しまれつつ閉校を迎えました。
当時、吉本興業は東京都内に構えていた複数のオフィス(赤坂や神田など)や稽古場が手狭になり、業務の非効率とコスト増に直面していました。そこで新宿区が実施した「旧四谷第五小学校敷地活用計画」の公募型プロポーザルに名乗りを上げ、歴史的建造物の外観と構造を可能な限り保全・耐震補強しながら、地域コミュニティや防災拠点としても機能させる再生活用プランを提示。2008年(平成20年)、東京本部として正式に移転・稼働をスタートさせたという経緯があります。
校舎の内部は、かつての職員室や教室が執務スペースや会議室に改装され、黒板の枠組みや木造の手すり、広々とした廊下の構造が意図的に残されています。体育館はリハーサル室や大規模なオーディションスタジオとして改修され、グラウンドは緑化された中庭としてタレントやスタッフの交流の場となっています。「学び舎」というクリエイティブな原点を感じさせる空間が、笑いとコンテンツを生み出す独特のエネルギー源として機能しています。