ドリフターズメンバー現在は2人だけ!加藤茶・高木ブーの今と全軌跡を徹底解説
ドリフターズメンバー現在は2人だけ!加藤茶・高木ブーの今と全軌跡を徹底解説に関する深掘り記事を分かりやすく解説します。最新情報を求める方は必見です。
国民的人気を誇ったドリフターズですが、長年の歴史の中でネット上にはいくつかの誤解や都市伝説が定着しています。報道各社の一次資料や関係者の自著・手記に基づき、よくある誤解の真相を紐解きます。
第1の誤解は、「ドリフターズはお笑い芸人として結成された」という認識です。これは明確な誤りであり、ドリフのルーツは1950年代に結成された名門カントリー&ウエスタン・バンド「サンズ・オブ・ドリフターズ」にあります。1964年にいかりや長介氏がリーダーに就任した際も、本来の形態は「コミックバンド(音楽コント集団)」でした。1966年のビートルズ日本武道館公演で前座を務めた事実は有名ですが、彼らは全員が一流のミュージシャンであり、加藤茶のドラムテクニックや高木ブーのハワイアンギター、仲本工事のボーカル力はいずれもプロの音楽業界で高く評価されていました。コントのリズム感や間の良さは、この卓越した音楽的バックボーンから生まれたものです。
第2の誤解は、「メンバー同士の不仲説」です。ネット上では「いかりや長介の独裁体制に他のメンバーが不満を抱き、険悪だった」という言説が散見されます。確かに、毎週土曜の公開生放送だった「8時だョ!全員集合」の制作現場は戦場そのものでした。セット崩壊や停電事故などのハプニングを乗り越え、生放送で極上の笑いを届けるため、いかりや氏は台本やリハーサルに異常なまでの厳しさを求めました。志村氏や加藤氏がネタ作りでいかりや氏と激しく衝突したのも事実です。
しかし、それは「笑いに対するプロ意識の衝突」であり、人間関係の破綻ではありませんでした。後年の特番インタビューや回顧録において、加藤茶氏は「長さんが全責任を背負って防波堤になってくれたから、俺たちは自由に暴れられた」と語っています。また「ドリフ大爆笑」で生まれた数々の名作コント(「もしもシリーズ」や「雷様」など)は、メンバー同士の深い信頼関係とあうんの呼吸がなければ成立し得ない構成でした。私生活でベタベタと群れることはなくとも、板の上(舞台)に立った瞬間に完璧にシンクロする「職人集団の絆」こそがドリフの本質だったと言えます。