邪馬台国と卑弥呼の正体|畿内説と九州説の論争と最新研究の新事実
今注目を集めている 邪馬台国と卑弥呼の正体|畿内説と九州説の論争と最新研究の新事実について、主要な情報をご紹介しています。
Q1:邪馬台国の読み方は「やまたいこく」と「やまとのくに」のどちらが正しいですか?
A1:中国の史料上は「邪馬臺国(邪馬壹国)」と表記され、音読で「やまたい」と読むのが一般的ですが、当時の古代日本語の発音では「ヤマト」を中国側が漢字で当て字したとする説が極めて有力です。つまり、邪馬台国とは「大和(ヤマト)」そのものを指していた可能性が高いと考えられています。
Q2:魏志倭人伝に書かれた「親魏倭王」の金印はなぜまだ見つからないのですか?
A2:金印(純金製と推定)は権力の象徴として代々継承されたのちに改鋳された可能性や、未発掘の有力首長墓に埋葬されている可能性が考えられます。志賀島で見つかった「漢委奴国王」金印のように、将来の予期せぬ土木工事や発掘調査によって発見される可能性は十分にあります。
Q3:吉野ヶ里遺跡は邪馬台国の王宮跡そのものなのですか?
A3:吉野ヶ里遺跡は弥生時代のクニの姿を完璧に残す第一級の遺跡ですが、卑弥呼の居館そのものと断定されたわけではありません。当時の北部九州に存在した有力な拠点都市(あるいは伊都国や奴国など関連する国)の一つであったというのが、慎重な考古学者の一致した見解です。