一国二制度はなぜ崩壊したのか?香港の現在と台湾情勢の核心
一国二制度はなぜ崩壊したのか?香港の現在と台湾情勢の核心とはどのようなものなのか? 主要なファクトを整理してお届けします。
一国二制度(中国語:一国两制)の仕組みを理解する第一歩は、この制度が「社会主義体制の中国本土」と「資本主義を維持する特別行政区」を1つの国家の中に併存させる極めて異例の政治妥協として生まれた歴史的文脈を押さえることです。
1980年代初頭、改革開放路線を推し進めていた中国の最高実力者・鄧小平は、もともと台湾を武力行使なしに平和統合するための手段としてこの構想を練り上げました。しかし、最初に適用された舞台は1842年のアヘン戦争以来イギリスの植民地支配下にあった香港でした。1984年、サッチャー英首相と鄧小平の間で調印された「中英共同宣言」に基づき、1997年7月1日に香港の主権が英国から中国へと返還されたのです。
返還にあたり制定されたミニ憲法にあたるのが「香港基本法」です。この基本法第5条には「香港の資本主義制度と生活様式は維持され、50年間変更されない」と明記されました。これがいわゆる「50年不変(2047年まで)」の法的根拠です。香港には独自の通貨(香港ドル)、独立した司法権(コモン・ロー体系)、高度な自治権(外交と国防を除く行政権)、そして信教や集会、報道の自由が約束され、本土とは異なる国際金融ハブとしての繁栄が保証されたはずでした。