神楽坂・紀の善はなぜ閉店したのか?抹茶ババロアの秘話と跡地の現在

神楽坂・紀の善はなぜ閉店したのか?抹茶ババロアの秘話と跡地の現在について分かりやすく解説いたします。詳細な分析をご確認ください。

紀の善の創業と歴史を遡ると、そのルーツは江戸時代にまで行き着きます。もともとは寿司や料理を提供する料亭のような商いを行っていたと伝えられており、戦後の1948年(昭和23年)に甘味処として再スタートを切りました。花街として栄えた神楽坂において、芸妓衆の贔屓や文人墨客の憩いの場として親しまれ、街の発展とともに歩みを進めてきました。

同店を一躍全国区の存在へと押し上げたのが、平成の初頭に誕生した「抹茶ババロア」です。それまで和菓子界において脇役や風味付けに使われることが多かった抹茶を主役に据え、洋菓子のババロア製法と見事に融合させました。

目の前に運ばれた瞬間に目を奪われるのは、息をのむほど鮮やかな深緑色です。京都の老舗茶舗から仕入れた最高峰の宇治抹茶を惜しみなく使用し、卵黄のコクに頼らず抹茶本来の鮮烈な苦味と旨味をゼラチンで滑らかに閉じ込めています。そこに添えられたのは、甘さ控えめで軽やかに泡立てられた乳脂肪分の高い生クリームと、職人が丹念に炊き上げた上質なつぶ餡。口に運ぶと、抹茶のほろ苦さが広がり、続いてクリームのまろやかさと餡の芳醇な甘みが三位一体となって溶け合います。この計算し尽くされたバランスは、多くの料理研究家やパティシエからも絶賛されてきました。

抹茶ババロアと双璧をなす人気を誇ったのが「あんみつ」です。伊豆七島産の天草をじっくり煮出して作られる寒天は、角がピンと立ち、噛んだ瞬間に心地よい弾力とともに磯の微かな香りが抜ける本物志向。手作りの柔らかな求肥や厳選された黒蜜のコクは格別でした。人気アイドルグループ・乃木坂46の楽曲『他の星から』(2013年)の歌詞中に「紀の善であんみつ食べられれば それ以上の贅沢は望まない」というフレーズが登場したことで、若い世代にとっても神楽坂の聖地として広く認知されることとなりました。

さらに、甘味処でありながらランチタイムや夕刻の名物として愛されたのが「釜飯」です。注文が入ってから一つひとつ丁寧に炊き上げられる釜飯は、蓋を開けた瞬間に立ち上る出汁の香りが食欲を刺激しました。鶏肉の旨味が染み渡った「鳥釜めし」や、季節限定の「蟹釜めし」など、甘味の前にしっかりとした食事を楽しめる点も、長年幅広い客層を惹きつけて離さなかった強みでした。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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