てるてる坊主の由来と怖い真相|掃晴娘伝説と首を落とされた僧侶の謎
てるてる坊主の由来と怖い真相|掃晴娘伝説と首を落とされた僧侶の謎の重要ポイントをお届けします。役立つ情報がチェックできます。
てるてる坊主のルーツを辿ると、古代中国の民俗信仰である「掃晴娘(サオチンニャン)」に行き着きます。明代や清代の文献『帝京景物略』などにも記録が残るこの風習は、紙を切り抜いて作られた「箒を持った少女の人形」を門や軒先に吊るし、空の雨雲を掃き清めて晴天を祈る儀礼でした。
必読記事
この風習の根底には、壮絶な生贄伝説が存在します。かつて北京一帯を襲った未曾有の大洪水において、神仏から「美しい娘を生贄に捧げなければ街を水没させる」との神託が下りました。人々の命を救うため、自ら名乗り出て天に召された少女の名が「掃晴娘」でした。人々は彼女の犠牲を悼み、雨雲を箒で掃いて晴れをもたらす天の使いとして崇め、紙人形で祀るようになったと伝えられています。
この中国の習俗が平安時代の遣唐使や交易を通じて日本へ伝来。当初は貴族階級の間で「照法師(てりほうし)」や「てるてる法師」と呼ばれ、宮廷儀礼や風流な遊びとして取り入れられました。その後、江戸時代に入ると庶民層へと急速に普及し、箒を持つ少女の姿から、日本の仏教的祈祷者である「坊主(僧侶)」の姿へと形態を変えていきました。