名優・中村梅雀の現在と病気説の真相!25歳差再婚と愛娘の絆
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中村梅雀の半生を語る上で避けて通れないのが、40年以上在籍した劇団「前進座」からの退団劇です。前進座は、祖父である三代目中村翫右衛門や父の中村梅之助が看板を張り、伝統的な歌舞伎の精神を受け継ぎながら独自の演劇活動を展開してきた歴史的名門です。
1965年に9歳で初舞台を踏んで以来、梅雀はまさに前進座の「申し子」であり、次代を背負うプリンスとして育てられました。しかし、2007年、51歳の時に突如として劇団を離脱します。この決断は演劇界に大きな激震を走らせ、一部週刊誌では「幹部との対立」「父・梅之助との確執」といったセンセーショナルな見出しが躍りました。
実際の退団経緯を当時の手記や劇団関係者の証言から紐解くと、そこにあったのは個人的な不和ではなく、「俳優・中村梅雀としての表現の限界打破」でした。
劇団という共同体組織に属している以上、年間の大半は劇団本公演の稽古と全国巡演に拘束されます。当時すでにテレビドラマ『信濃のコロンボ事件ファイル』などで国民的な人気を得ていた梅雀には、外部の映画、現代演劇、テレビ作品から膨大な出演依頼が殺到していました。しかし、劇団のスケジュールとの兼ね合いから、その大半を断らざるを得ない葛藤が長年続いていたのです。
自らの芸をさらに広い海で試したいという芸術家としての渇望が、50代を迎えてピークに達した結果の独立でした。退団当初は父・梅之助との間に緊張関係が生じたことも事実ですが、息子の外部での目覚ましい活躍と真摯な芝居ぶりを見るにつけ、晩年の梅之助は「梅雀の選んだ道は正しかった」と認め、和解に至っています。偉大な父の敷いたレールを降り、自らの足で荒波を漕ぎ出した勇気こそが、現在の梅雀の骨太な演技を支えているのです。