なぜ杉本博司は世界を圧倒し続けるのか?名作誕生の裏側と江之浦測候所の真相

なぜ杉本博司は世界を圧倒し続けるのか?名作誕生の裏側と江之浦測候所の真相に関する基本知識を初心者にも親しみやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。

杉本博司の代表作を語る上で欠かせないのが、世界的な評価を決定づけた『海景(Seascapes)』シリーズと『劇場(Theaters)』シリーズです。一見すると極限まで無駄を削ぎ落としたミニマル・アートのようでありながら、その画面には鑑賞者の知覚を狂わせるほどの情報量と時間が封じ込められています。

海景シリーズの真相は、「古代人が見ていた風景を、現代の私たちも同じように見ることは可能か」という根本的な問いから出発しました。杉本博司は自著やインタビューの中で、次のように語っています。

「ネアンデルタール人や北京原人がかつて見たであろう風景で、現代人がそのまま見ることができるものは何か。それは海ではないか」

文明が発達し、都市が姿を変えても、水と空気という原初の境界面だけは変わりません。画面を正確に二分する水平線、波が長時間露光によって霧のように溶け合った乳白色の水面、そして空。杉本博司は8×10(エイト・バイ・テン)インチと呼ばれる巨大なフィルムカメラを抱え、世界各地の海を訪ね歩きました。何十分、時に何時間もの露出をかけることで、個別の波の形は消え去り、「時間そのものの集積」が銀塩プリントへと定着されます。見る者が圧倒されるのは、写真に写っているのが特定の場所ではなく、「人類の意識が芽生えた最初の記憶」そのものだからに他なりません。

一方、1970年代後半にニューヨークで始まった『劇場』シリーズも、極めて明確なコンセプトに貫かれています。クラシックな映画館やドライブインシアターにカメラを持ち込み、映画が始まると同時にシャッターを開け、映画が終わると同時にシャッターを閉じる。上映される数万コマの映画の光がすべて重なり合うと、銀幕は眩いばかりの純白に発光し、周囲の豪奢な劇場の装飾だけが闇の中に浮かび上がります。

「2時間の光を全部集めると、スクリーンは真っ白になり、映画の内容はすべて消え去る」というこの試みは、見るという行為の本質や、時間の有限性を鋭く突いた傑作として世界中の批評家を唸らせました。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest