中日ドラゴンズ昔のロゴはなぜ消えた?ドジャース風誕生の真相を徹底解説

中日ドラゴンズ昔のロゴはなぜ消えた?ドジャース風誕生の真相を徹底解説の疑問点について、最新情報を取りまとめてご紹介します。

中日ドラゴンズの歴史は、日本職業野球連盟が結成された1936年に産声を上げた「名古屋軍」から始まります。戦前の黎明期におけるユニフォームやキャップには、現在の竜をモチーフとした派手な意匠はなく、名古屋の頭文字である無骨な「N」のアルファベットや、漢字の「名」をあしらった極めてシンプルなシンボルが採用されていました。

終戦直後の1946年、中部日本新聞社を親会社とする「中部日本」へと名称を変更。翌1947年、当時の杉山虎之助オーナーの発案により、干支(辰年)や竜の力強さにちなんで「中部日本ドラゴンズ」と改称されたことで、チームの魂となる「竜(Dragon)」の名が球界に刻まれることになります。1954年の球団史上初となる日本一を達成した時代には、胸に重厚な「Dragons」のスクリプト文字が躍り、帽子には「C」と「D」を巧みに組み合わせた原型的なマークが登場しました。

本格的にファンへ浸透した「CDマーク」は、中日の「C」の中にドラゴンズの「D」を配置した均整の取れたレイアウトが特徴です。1960年代から1970年代にかけては、鮮やかな中日ブルーと情熱の赤を組み合わせた配色のユニフォームとともに、強烈なアイデンティティを確立。1974年の巨人V10を阻止した劇的なセ・リーグ優勝時にも、選手たちの頭上には誇らしげにCDマークが輝いていました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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