新庄剛志が高校時代に見せた衝撃の素顔と甲子園秘話を完全暴露

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一般のライト層の間では「新庄剛志は高校時代から甲子園を沸かせたスターだった」と誤認されているケースが少なくありません。しかし、公式記録が示す決定的な事実は、新庄剛志の高校時代における甲子園出場実績は「なし(0回)」という現実です。

甲子園に最も近づいたのは、高校2年生の夏(1988年・第70回全国高等学校野球選手権福岡大会)でした。西日本短大付は快進撃を続け、悲願の甲子園切符をかけて福岡県大会の決勝戦へと駒を進めます。その決勝の舞台で立ち塞がったのが、当時「九州屈指の左腕」と全国に名を轟かせていた福岡第一高等学校のエース・前田幸長投手(のちにロッテ、中日、巨人で活躍)でした。

緊迫した投手戦の末、西日本短大付は福岡第一に0-3で惜敗。新庄自身も前田投手の変幻自在の投球術と切れ味鋭いドロップカーブの前に決定打を奪えず、目前で甲子園の夢を絶たれました。翌年、最上級生となった1989年夏も福岡大会の激戦区を勝ち上がることができず、新庄剛志の高校野球生活は「一度も聖地の土を踏むことなく」幕を閉じることになったのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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