鬼怒川温泉の廃墟はなぜ解体されない?巨額費用と再生の現在を追う
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鬼怒川温泉の景観問題を語る上で避けて通れないのが、昭和後期から平成初期にかけての団体旅行ブームと過剰設備投資の歴史です。当時、大手企業の社員旅行や大規模宴会を取り込むため、各旅館・ホテルは競うように増改築を繰り返しました。金融機関も不動産担保を過信し、返済能力を上回る巨額融資を惜しみなく実行していった経緯があります。
潮目が完全に変わったのはバブル経済の崩壊でした。個人旅行や小グループ旅行へと観光需要が急速にシフトする中、巨大な宴会場や大型客室を抱えた旅館は維持管理費だけで経営が圧迫されます。さらに決定打となったのが、地元経済と観光業のメインバンクであった足利銀行の経営破綻(2003年)でした。金融庁による特別危機管理銀行への指定に伴い、過剰債務を抱えていた温泉旅館への追加融資やリスケジュールは完全に断たれ、経営体力の限界を迎えた施設が相次いで連鎖倒産へと追い込まれました。
倒産後、運営法人が解散・清算結了して法人格が消滅した結果、建物や土地の抵当権だけが複数の金融機関や債権回収会社(サービサー)に細切れの状態で残される事態となりました。いわば「誰も責任を持って処分できない巨大な負債の塊」として、鬼怒川の渓谷沿いに置き去りにされてしまったのです。