越路吹雪が遺した愛と歌声の奇跡|56歳早世の真相と名曲の裏側
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越路吹雪さん(本名:内藤綾子、旧姓:河野)は、1924年に東京で生まれました。幼少期から歌と踊りが大好きだった彼女は、1937年に宝塚音楽歌劇学校(現・宝塚音楽学校)へ入学します。しかし、意外にもそのスタートは決して順風満帆ではありませんでした。
当時の越路さんは、同期生の中でも成績が振るわず、素行の奔放さもあって「落ちこぼれ」の烙印を押されることもあったといいます。そんな彼女の若い頃の写真を見ると、凛とした強い眼差しの中にどこかあどけなさと反骨精神が同居しており、すでに大器の片鱗を漂わせていました。
転機となったのは、彼女の圧倒的な声量と天性のリズム感に目を留めた劇団スタッフの抜擢でした。男役としての個性を磨き上げ、戦後間もない宝塚歌劇団で看板スターへと急成長。1951年に惜しまれつつ宝塚を退団する頃には、ファンを熱狂させる唯一無二の存在感を確立していました。