平安貴族の食事は超不健康?短命の真相と病の原因を歴史データから暴く
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ネット上の言説やSNSの投稿では、「平安貴族は贅沢三昧のごちそうを食べすぎて痛風や高脂血症で早死にした」と語られるケースが散見されます。しかし、一次史料を精査すると、この理解は医学的に正確ではありません。彼らが倒れた本質は贅沢による過剰摂取ではなく、「偏食が引き起こした代謝破綻」でした。
平安貴族の二大国民病とも言える病態が「脚気(かっけ)」と「飲水病(いんすいびょう=糖尿病)」です。
一次史料が克明に記す藤原道長の壮絶な闘病記録
平安時代最大の権力者であり、「この世をば わが世とぞ思ふ」と詠んだ藤原道長の生涯は、晩年になると壮絶な病との闘いでした。道長が自ら書き残した日記『御堂関白記』や、同時代の側近・藤原実資の日記『小右記』には、現代の医師が見れば一目で末期糖尿病と診断できる症状が生々しく記録されています。
道長は50代を迎えた頃から「昼夜を問わず激しい口渇に襲われ、水をがぶ飲みしても喉の渇きが止まらない」と書き記しています。さらに数年後には「目が見えにくくなり、至近距離にいる人物の顔の判別すらつかない」という記述が現れます。これは典型的な糖尿病性網膜症による視力障害です。最期には背中にできた巨大な腫瘍(癰・よう)の感染症を併発し、激痛の中で息を引き取りました。高血糖によって免疫機能が完全に破壊され、敗血症を引き起こした結果と考えられています。
宮廷をパニックに陥れた謎の奇病「脚気」
もう一つの脅威が、当時は「足病(あしやま)」や「脚気」と呼ばれたビタミンB1欠乏症です。白米の胚芽を取り去った精白米を主食とし、副食からもビタミンB群を補給できなかった貴族たちは、慢性的な重度のB1欠乏状態にありました。
ビタミンB1が枯渇すると、体内の糖質をエネルギーに変換できず、末梢神経炎による手足のしびれや運動麻痺が生じます。さらに進行すると心筋の代謝が破綻して心不全を引き起こし、突然激しい息切れを起こして数日で命を落とす「脚気衝心(かっけしょうしん)」に至ります。当時の貴族たちは、昨日まで元気だった同僚が急に足のもつれを訴え、あっけなく急死していく様子を「怨霊の祟り(たたり)」や「物の怪の仕業」と恐れおののき、加持祈祷に莫大な財産を注ぎ込みました。不調の真因が自分たちの食べている真っ白な米にあるとは、夢にも思わなかったのです。