昔のお風呂はどう沸かした?五右衛門風呂の底板の謎と入浴の歴史
昔のお風呂はどう沸かした?五右衛門風呂の底板の謎と入浴の歴史について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。
戦後の高度経済成長期、日本の住まいと風呂のあり方を根底から覆したのが、日本住宅公団(現在のUR都市機構)の大規模団地計画と、そこに導入された「バランス釜」でした。
昭和のバランス釜の歴史は、1965年(昭和40年)代に本格化します。それまでの風呂釜(CF釜など)は室内の空気を消費して排気ガスを煙突から排出する方式だったため、気密性の高いコンクリート団地では不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故が深刻な懸念材料でした。そこで開発されたのが「バランス型風呂釜(BF釜:Balanced Flue)」です。給気と排気を屋外に突き出した二重煙突で完結させ、室内の空気を一切消費しないこの安全装置の誕生により、団地の狭小な浴室内に初めてガス風呂を安全に設置できるようになりました。
点火する際、手前の大きな回転レバーを「ガチャン、ガチャン」と力強く手動で回し、内部の圧電素子で火花を散らして種火を点火する独特の操作音と振動は、昭和世代にとって忘れがたい記憶です。シャワーと追い焚きを同時にこなせるバランス釜の普及によって、日本の内風呂保有率は一気に跳ね上がりました。
しかし、この時代の浴室体験には過酷な記憶もつきまといます。それが、昔のタイル張り風呂の寒さ理由です。昭和30〜50年代の住宅の浴室は、床から壁まですべて冷たい磁器質タイルで覆われていました。これには構造的な理由があります。
当時の浴室は在来工法で作られており、木造の柱を腐食させないための防水目的として、モルタル下地の上にタイルを密着施工していました。しかし、断熱材という概念が乏しかった当時の建築基準では、タイルのすぐ裏側は冷え切ったコンクリートや外気に直結していました。熱伝導率が高いタイルは体温を一瞬で奪い去り、冬場の浴室温度は外気温と大差ない5度以下まで急降下しました。この極端な寒暖差が、入浴中の血圧を乱高下させて心筋梗塞や脳卒中を引き起こす「ヒートショック」の温床となっていたのです。