三反園訓の現在と激動の歩み|知事落選の真相から派閥の深層まで
三反園訓の現在と激動の歩み|知事落選の真相から派閥の深層までにまつわる最新トピックを詳しく紐解きます。
知事落選という致命的とも思える打撃を受けながら、三反園訓氏は政治の表舞台から退場しませんでした。落選直後から県内を自転車で回り、有権者一人ひとりと握手を交わす徹底的な「辻立ち」と「対話集会」を再開。2021年10月の第49回衆議院議員総選挙に、保守王国である鹿児島2区から完全無所属での出馬を表明します。
この選挙は、自民党公認の現職ベテラン・金子万寿夫氏、野党統一候補、そして無所属の三反園氏が激突する激しい三つどもえの「保守分裂選挙」となりました。党本部の公認を持たない三反園氏でしたが、知名度の高さと知事時代に築いた人脈、そして泥臭い草の根選挙を展開し、見事に激戦を制して国政初当選を成し遂げました。
当選直後、三反園氏が動いた先が自民党幹事長を長く務めた二階俊博氏の元でした。2021年11月、自民党の院内会派入りを果たすと同時に二階派(志帥会)へ特別会員として加入。さらに2022年3月には自民党への正式な復党・入党が認められました。かつて知事時代に反目し合った自民党県連の反発を押し切る形での入党は、二階氏の強力な政治力学が働いた結果であり、三反園氏の権力嗅覚の鋭さを永田町に強く印象づけました。