久世光彦と樹木希林、20年絶縁の真相…生放送暴露の衝撃全貌
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昭和54年(1979年)1月、お茶の間に走った戦慄は今も語り草となっています。TBS系ドラマ『ムー一族』の放送期間中、出演者陣が集う生放送の場で、樹木希林さんが演出家・久世光彦氏と番組アシスタントを務めていた20代前半の元女優・のぐちともこ氏との不倫関係、および彼女の妊娠(隠し子問題)を突如として暴露したのです。
当時、久世氏は妻子ある身でありながらTBSの看板ディレクターとして絶頂期にありました。突然の生々しい告発にスタジオは静まり返り、メディアは「希林の暴挙」「恩人への裏切り」とセンセーショナルに書き立てました。しかし、報道関係者や現場スタッフが後年明かした久世光彦と樹木希林の関係の真相は、単なるスキャンダル暴きとは大きく異なっていました。
当時、相手女性のお腹にはすでに新しい命が宿っていました。しかし、地位と名声を保ちたい周囲の大人たちやテレビ局上層部は、事態を表沙汰にせず水面下で処理しようと画策していたとされます。のぐち氏を妹のように可愛がっていた樹木さんは、このままでは妊娠の事実が握りつぶされ、中絶を余儀なくされるのではないかと強い危機感を抱いていました。
「ひとつの命を闇に葬ってはならない」「久世さんに男として、人として逃げずに責任を取らせる」。樹木希林さんが久世光彦の隠し子を暴露した理由は、保身に走る巨大組織と愛憎の泥沼から、産まれてくる赤ん坊と母親の未来を守るための捨て身の奇策だったのです。結果として、のぐち氏は同年3月25日に無事女児を出産。久世氏は後に妻と離婚してのぐち氏と再婚し、父親としての責任を果たすことになりました。