ヨーロッパが死刑を廃止した本当の理由|日本と決定的に違う3つの真相
ヨーロッパが死刑を廃止した本当の理由|日本と決定的に違う3つの真相を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を分かりやすく展開します。
各国の廃止プロセスを検証すると、それぞれの歴史的コンテクストが色濃く反映されていることがわかります。
フランスでは、1789年のフランス革命以降、処刑の道具としてギロチン(断頭台)が長く使用されてきました。最後のギロチンによる公開処刑は1939年、非公開での最終執行は1977年にまで及びます。転機となったのは1981年、フランソワ・ミッテラン大統領の就任と、弁護士出身のロベール・バダンテール司法大臣の存在でした。
当時、フランス国内の世論調査では国民の約6割が死刑存続を支持していました。しかしバダンテール司法相は国民議会で「死刑は野蛮の残滓であり、正義の名の下に人を殺すことを拒絶する」と熱弁を振るい、激しい反発を受けながらもトップダウンで死刑廃止法案を可決させました。世論に迎合せず、政治主導で廃止を断行した典型例です。
一方のドイツは、さらに早い段階で決断を下しています。第二次世界大戦直後の1949年、西ドイツで制定された「ボン基本法(憲法)」第102条において、「死刑はこれを廃止する」と明記されました。ナチス政権下で濫用された司法殺人の記憶が生々しいなか、国家が人の命を合法的に奪う手段を憲法レベルで完全に封じ込めたのです。
なお、現在欧州において唯一の例外となっているのがベラルーシです。アレクサンドル・ルカシェンコ大統領による権威主義体制が続く同国では、現在も秘密裏に銃殺刑が執行されており、欧州評議会への加盟も認められていません。ベラルーシの存在は、死刑制度の存廃が民主主義や人権規範の定着度と不可分であることを逆説的に証明しています。