北の国から草太兄ちゃんの死の真相|岩城滉一の降板理由と倉本聰の決断
北の国から草太兄ちゃんの死の真相|岩城滉一の降板理由と倉本聰の決断の要点を分かりやすくまとめてご紹介します。
脚本家の倉本聰と岩城滉一の出会いは、『北の国から』以前の1975年に放送された倉本脚本の名作ドラマ『前略おふくろ様』にまで遡ります。当時、クールスとしての活動を経て俳優へと転身したばかりの岩城滉一に対し、倉本はその荒削りな色気と天性の野性味を高く評価していました。ふたりの関係は単なる「作家と雇われ俳優」ではなく、互いの気骨を認め合う盟友に近いものでした。
では、なぜ倉本聰は愛着ある草太を死なせなければならなかったのでしょうか。その最大の理由は、吉岡秀隆演じる主人公・黒板純の甘えを断ち切るためでした。
連ドラ時代からスペシャルドラマへと続く中で、純は東京で挫折を繰り返し、不祥事を起こしては富良野へ戻り、常に草太の庇護にすがってきました。何かトラブルが起きれば草太が金を用立て、知恵を絞り、背中を押してくれる。この構造が続く限り、純は一生「頼りない少年」のまま富良野に留まり、精神的な大人へ脱皮することができない。倉本聰は物語を最終章へ向かわせるにあたり、純にとっての最大の防波堤であり、憧れの象徴でもあった草太兄ちゃんを退場させるという、作家として最も痛ましい外科手術を決断したのです。
倉本から「草太を死なせる」と直接告げられた際、岩城滉一は役への深い愛着から大きな衝撃を受けつつも、倉本の意図を即座に汲み取り、その決定を受け入れたと回顧されています。確執による降板などではなく、物語の必然性に役者が命を差し出した瞬間だったと言えます。