麻生総理の功績と失脚の真相|リーマン危機対応から2026年の現在地
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麻生太郎氏が第92代内閣総理大臣に就任したのは、2008年9月24日のことでした。前任の福田康夫氏が突如辞任を表明したことを受け、自民党総裁選で石破茂氏や小池百合子氏らを破り、圧倒的多数で総裁の座を射止めました。しかし、翌2009年9月16日に民主党の鳩山由紀夫内閣へバトンを渡すこととなり、在任期間はわずか358日間にとどまっています。
麻生氏を語る上で欠かせないのが、日本近現代史そのものとも言える圧倒的な出自です。外祖父は戦後復興を牽引した吉田茂元首相、高祖父は明治維新の元勲である大久保利通、さらに妹の信子さまは寛仁親王妃という、政財界と皇室に連なる名門の家系図を持ちます。
学習院大学政経学部を卒業後、スタンフォード大学やロンドン大学への留学を経て、家業である麻生セメント(現・株式会社麻生)の社長に就任。モントリオール五輪のクレー射撃日本代表として出場した異色のスポーツマン経歴も広く知られています。1979年の初当選以来、文部大臣、経済財政担当大臣、総務大臣、外務大臣、党幹事長といった要職を歴任し、名実ともに満を持して首相の座へと登り詰めたのが2008年秋の出来事でした。