ホリエモンの出身大学は東大!文学部中退の真相と驚異の合格法
話題沸騰中の ホリエモンの出身大学は東大!文学部中退の真相と驚異の合格法について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。
超難関を突破して入学した東大を、なぜ堀江氏は中退したのか。その理由は、留年や学力不振といった消極的な挫折ではなく、時代の地殻変動にダイレクトに同期した「ビジネスの熱狂」にありました。
1995年頃、堀江氏はアルバイトを通じて黎明期のインターネットやMacintosh、プログラミング(UNIXやHTML、Perlなど)に出会います。通信回線を通じて世界中の情報が瞬時に繋がるインパクトに戦慄した彼は、寝食を忘れてコードを書き続けました。当時の状況について、堀江氏は手記の中で「寝ている時間以外、すべてパソコンの前にいた。世界が変わる震えが止まらなかった」と振り返っています。
1996年4月、堀江氏は大学在籍のまま、元手となる資本金600万円を元手に有限会社オン・ザ・エッヂを設立します。インターネット黎明期において、企業のWebサイト制作やシステム構築を受注できる人材は極めて希少でした。創業直後から大企業やメディアからの案件が殺到し、会社の売上は月を追うごとに跳ね上がっていきました。
大学の講義を聴きに通う時間すら惜しく、会社に寝泊まりしながら現場でプログラムを書き、クライアントと交渉を重ねる日々。東大には休学期間を含めて在籍上限がありましたが、すでに月商数千万円から年商数億円を視野に入れる実業家となっていた堀江氏にとって、「東大卒業」という学歴の紙切れを回収するために机に向かう作業は、機会損失以外の何物でもなくなっていたのです。
結果として、教養学部から文学部に進学していたものの、単位取得を満たすことなく中退(自主退学)を選択。周囲からは「あと少しで東大を卒業できるのにもったいない」と引き止められたものの、本人は迷うことなく、急成長するインターネットビジネスの最前線へ身を投じました。