車内灰皿や木床も!昭和のバスが消えた真相と2026年の現役名車
車内灰皿や木床も!昭和のバスが消えた真相と2026年の現役名車の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
昭和40年代初頭まで、路線バスは運転手と車掌(車掌さん)の2名で運行する「ツーマンバス」が基本でした。車掌の多くは女性が務め、紺色の制服に身を包んで乗客の案内を行っていました。
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車掌が乗務していた主な理由は以下の通りです。
- 狭い道路や右左折時の後方誘導:当時の未整備な狭隘路において、バック時や切り返し時に笛を吹いて安全確認を行う「オーライ、オーライ」の合図は運行に不可欠でした。
- 運賃収受と切符の発行:乗客が乗車すると車掌が近づき、行き先を聞いて運賃を収受。首から提げた車掌鞄から切符を取り出し、専用の改札鋏(パンチ)で所定の運賃区間に丸や星型の穴を開けて手渡していました。
- 停留所案内と乗降ドアの開閉手動操作:自動放送や自動ドアがない時代、肉声での停留所案内と安全確認を伴う扉の開閉は車掌の専任業務でした。
しかし、高度経済成長期に伴う人件費の高騰と深刻な人手不足、さらに都市部の交通渋滞によるバス事業の採算悪化が契機となり、1960年代後半から急速に「ワンマン化」が推進されました。運賃箱の自動化、テープによる停留所自動放送装置、バックカメラやサイドミラーの大型化といった技術革新が次々と導入され、昭和50年代を迎える頃には大半の一般路線が運転士1名で運行するワンマンバスへと移行しました。