2000年代プリクラ機種の歴史と真相!花鳥風月から盛りの狂騒まで解剖
2000年代プリクラ機種の歴史と真相!花鳥風月から盛りの狂騒まで解剖の主要なニュースをコンパクトにまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。
華やかなブームの裏側で、業界構造は冷徹なまでの経済合理性と企業戦略によって激変していました。2000年代のプリントシール機ビジネスを語る上で避けて通れないのが、二大巨頭の明暗と業界再編のドラマです。
まず大きな転機となったのが、「オムロン プリクラ撤退経緯」です。2000年代前半、「美肌美人」や「花鳥風月」で一時代を築き、圧倒的な市場シェアを握っていたオムロン。しかし同社は、産業用オートメーションや医療ヘルスケア機器をコアビジネスとする巨大精密機器メーカーでした。サイクルが極めて短く、女子高生の気まぐれな流行に業績が左右されるプリントシール事業は、全社的なポートフォリオ経営の観点からボラティリティが高すぎると判断されたのです。
オムロンは2006年、同エンタテインメント事業を会社分割によって独立させ、これが現在のフリュー株式会社の母体となりました。事業を引き継いだフリューは、定期的な女子高生座談会や専任マーケターによるトレンド追跡を徹底し、のちに国内シェアの8割以上を握る絶対王者へと飛翔することになります。
一方、業界を揺るがす悲劇として報じられたのが、老舗「メイクソフトウェアの倒産理由」です。「姫流」をはじめ、「美人百花」「ミーハー女子」のライバル機など、数々の尖った名機を世に送り出してきた同社は、2018年10月に大阪地裁へ自己破産を申請し、負債総額約57億円でその歴史に幕を下ろしました。
報道各社の取材や業界データが示す倒産の真相は、単なる開発力不足ではありませんでした。要因は3つの構造的打撃にあります。
- ゲームセンター店舗数の急減:娯楽の多様化により、プリクラ機の主戦場であったアミューズメント施設が全国規模で激減したこと。
- 開発コストの高騰とシール紙の収益モデル崩壊:一眼レフカメラや高輝度ストロボ、大画面液晶を搭載した筐体の開発費が跳ね上がる一方、プレイ頻度の低下に伴い、継続的な収益源だった専用シール紙の出荷量が大幅に縮小したこと。
- スマートフォンカメラの進化:2010年代に入り、iPhoneの普及と「SNOW」「BeautyPlus」などの顔認識加工アプリが台頭。1回400円を払ってゲームセンターに足を運ばずとも、手元で「盛り」が完結する時代が到来したこと。
フリューが徹底したWeb会員サービス(ピクトリンク)の有料化によってデジタル収益の柱を確立したのに対し、メイクソフトウェアはハードウェア依存のビジネスモデルから脱却できず、激変する市場の波に呑み込まれる結果となったのです。