弥生時代の歴史人物まとめ!卑弥呼から帥升まで激動の真相に迫る
弥生時代の歴史人物まとめ!卑弥呼から帥升まで激動の真相に迫るにまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
1784年に福岡県志賀島で発見された「漢委奴国王」の金印は、江戸時代の学者たちを驚かせ、今なお多くの議論を呼んでいます。紀元57年、奴国の使者が後漢の都・洛陽に赴き、光武帝から賜ったこの国宝は、当時の首長層にとって命がけの外交成果でした。
古代の航海は常に遭難のリスクを伴う危険な任務でした。その過酷な使節団を率いたのが、魏志倭人伝に実名が残る大夫・難升米(なしめ)と次使・都市牛利(つしぎくり)です。
239年、難升米らは帯方郡(現在の朝鮮半島北西部)を経由して魏の都・洛陽へと到達しました。彼らが持ち帰ったのは、卑弥呼に対する「親魏倭王」の金印紫綬だけではありません。魏から下賜された「銅鏡100枚」と大量の鉛・錫・絹織物、そして魏軍の威信を示す「黄幢(こうどう:軍旗)」でした。難升米の緻密な外交交渉によって手に入れたこれらの品々は、対立関係にあった南方の狗奴国(くなこく)に対する強力な軍事的抑止力として機能したのです。