【大分】西寒多神社が話題の理由は?樹齢450年の藤と萬年橋の見どころ徹底解説

【大分】西寒多神社が話題の理由は?樹齢450年の藤と萬年橋の見どころ徹底解説に関するポイントを詳しくまとめました。詳細な解説をご覧ください。

初見で正しく読める人が少ない神社名の一つが西寒多神社(読み方:ささむたじんじゃ)です。大分市寒田(そうだ)地区に位置しながら「そうだ」ではなく「ささむた」と読ませる背景には、約1700年以上にわたる悠久の歴史が関係しています。

社伝および『豊後国風土記』の伝承によると、西寒多神社の歴史と由来は古代・応神天皇9年(西暦278年)に遡ります。武内宿禰(たけしうちのすくね)が本宮山の山頂に白旗を立て、西寒多大神(天照皇大神の別名とされる主祭神)を祀ったのが起源です。その後、室町時代の応永15年(1408年)、豊後守護職であった大友家第10代当主・大友親世(おおともちかよ)が、参拝の至便を図るため現在の山麓の地へと遷座させました。

中世から近世にかけて国幣中社として遇され、由原八幡宮(現在の柞原八幡宮)と並び豊後国一之宮としての格式を誇ります。主祭神として西寒多大神を祀り、配祀として月読尊(つくよみのみこと)や天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)が名を連ねています。歴代領主から庶民に至るまで篤く信仰され、国家安泰から個人の心願成就まで幅広い西寒多神社のご利益をもたらす聖地として護り継がれてきました。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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