毛沢東の元秘書・李鋭の真実|失脚劇と激動の日記が暴く中国の暗部
毛沢東の元秘書・李鋭の真実|失脚劇と激動の日記が暴く中国の暗部を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。
晩年の李鋭は、権力集中と個人崇拝を強める習近平体制に対して極めて批判的な視線を崩しませんでした。2017年から2018年にかけての海外メディアによる特番インタビューや関係者への発言で、李鋭が口にした言葉は世界的な反響を呼びました。
習近平が国家主席の任期制限を撤廃した際、李鋭はかつて浙江省党委書記時代の習近平と面会した記憶を振り返り、「彼の文化的教養がこれほど低いとは思わなかった」と吐露。小学校卒業レベルの基礎教養しかない指導者が個人独裁へ向かうことの構造的危険性を公然と警告したのです。また、毛沢東の手法を模倣した言論統制の強化に対しても「歴史の逆戻りだ」と厳しい批判の言葉を浴びせ続けました。
2019年2月16日、李鋭は多臓器不全のため北京の病院で死去しました(享年101歳)。死因は病死でしたが、その死の瞬間まで党当局との熾烈な摩擦が続きました。李鋭は生前、娘の李南央(リー・ナンヤン)に対して次のような遺言を残していました。
- 「遺体に中国共産党の党旗を掛けるな」
- 「八宝山革命公墓への埋葬を拒否する」
- 「形式的な公式追悼式は行わない」
しかし、海外特派員や報道各社の取材データが明かす通り、党当局は長老としての体面を保つため八宝山で共産党形式の告別式を強行し、棺には党旗が掛けられました。娘の李南央はこの公式式典への出席を断固拒否。「父の魂を党のプロパガンダに利用させない」と抗議の声を上げ、追悼の場は体制と個人の思想が真っ向から衝突する異例の舞台となりました。