放駒部屋の現在と真実に迫る!一山本・島津海の躍進と朝稽古の全貌
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「放駒部屋」という看板には、相撲史に深く刻まれた重みがあります。昭和から平成にかけて一世を風靡した第6代放駒(元大関・魁傑、のちの日本相撲協会第11代理事長)は、「クリーン魁傑」の異名通り、一切の妥協を許さない潔白な相撲道と徹底した猛稽古で知られました。第62代横綱・大乃国をはじめとする関取衆を育成したものの、2013年2月に魁傑の定年退職に伴って一度はその歴史の幕を閉じていました。
この名門の看板が鮮やかに蘇ったのは、2021年12月のことでした。旧二所ノ関部屋を率いていた元大関・若嶋津(荒磯親方)が停年を迎えるにあたり、部屋付き親方として後進の育成に尽力していた18代放駒親方(元関脇・玉乃島)が師匠の座と部屋を継承。その際、名跡を交換する形で部屋名称を「放駒部屋」へと改称し、約8年10ヶ月ぶりに名跡が土俵へ復活したのです。
「2014年11月に旧二所ノ関部屋へ転籍させていただき、先代師匠や女将さんの元で、相撲の厳しさとともに人に対する思いやりを学んだ」と公式サイトの部屋紹介で師匠自ら述懐している通り、この継承は単なる名義変更ではありませんでした。魁傑が遺した剛直な相撲道精神と、若嶋津が育んだ情愛深い部屋の絆が、元玉乃島という誠実な器の中で一つに溶け合い、現在の放駒部屋という強固な土台を形作ったのです。