呼んでいる胸のどこか奥での曲名は?いつも何度でも歌詞の真意と誕生秘話
呼んでいる胸のどこか奥での曲名は?いつも何度でも歌詞の真意と誕生秘話について押さえておきたい ポイントを厳選して解説いたします。
映画を観た多くの人は、この楽曲が主人公・千尋の成長物語に合わせて作られたものだと信じて疑いません。しかし、スタジオジブリの公式記録や当時の関係者インタビューによると、楽曲制作の引き金はまったく別のプロジェクトにありました。
1997年、映画『もののけ姫』を完成させた宮﨑駿監督は、次回作として東京の銭湯の煙突を舞台にした少女の物語『煙突描きのリン』という企画を構想していました。木村弓氏は『もののけ姫』に深く感銘を受け、自身の歌声を入れたカセットテープと手紙を宮﨑監督へ送付。その声に魅了された宮﨑監督から「煙突描きのリンという企画があるので、主題歌を作ってみないか」と打診されたことがすべての始まりでした。
木村氏は旧知の詩人である覚和歌子氏に「生きることの根源的な喜びを言葉にしてほしい」と作詞を依頼。こうして完成したのが『いつも何度でも』でした。しかし皮肉にも、その後『煙突描きのリン』の企画自体がお蔵入り(制作中止)となってしまいます。
一度は完全に発表の場を失った楽曲でしたが、宮﨑監督は新たな企画『千と千尋の神隠し』の制作中、作業机のラジカセでこの曲を繰り返し聴き続けていました。絵コンテを描き進める中で、監督は「千尋の心象風景そのものが、すでにこの歌の中に描かれている」と直感。急遽、映画のエンディング主題歌として採用することが決定したという劇的な経緯があります。