蛍の光の歌詞に隠された3番4番の真実|消えた理由と現代語訳を全解剖
蛍の光の歌詞に隠された3番4番の真実|消えた理由と現代語訳を全解剖の見逃せないポイントを一挙に解説しました。
「蛍の光」の源流である「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」は、18世紀にスコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)が古い民謡の詩を採集・補作したものです。スコットランド語で「古き良き日々」「過ぎ去りし日々」を意味します。
英語原詩の代表的なフレーズと和訳
【英語(スコットランド方言)】
Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot,
and auld lang syne?
For auld lang syne, my jo,
for auld lang syne,
we'll tak a cup o' kindness yet,
for auld lang syne.
【現代日本語訳】
旧友の思い出は忘れ去られ、二度と思い出されることはないのだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。過ぎ去りし懐かしい日々のために。
愛する友よ、あの懐かしい日々のために、
私たちは友情の一杯を酌み交わそうではないか。
なぜ日本の卒業式で定着したのか
欧米においてこの楽曲は、大晦日のカウントダウンや友人同士の送別会、再会を祝う席で「酒を酌み交わしながら旧交を温める乾杯の歌」として歌われます。では、なぜ日本では学校の卒業式を象徴する厳粛な式典歌になったのでしょうか。
明治初期、西洋音楽を日本に導入する責任者であった伊沢修二と、アメリカ人音楽教師ルーサー・ホワイティング・メーソンは、五線譜のメロディに日本語の詩を乗せる際、「蛍雪の功」という中国の故事に着目しました。貧しい少年が夏は蛍の光を袋に集め、冬は雪の反射光を頼りに読書に励み、やがて大成したという車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)の逸話です。
これが「苦学の末に巣立つ生徒の心情」と完璧に合致したため、全国の学校で卒業式の定番として定着しました。西洋の陽気な乾杯の歌は、明治の教育者の手によって「学問への敬意と旅立ちの哀惜を歌う日本独自の儀式音楽」へと昇華されたのです。