太宰治の死因と最期の真相|玉川上水心中・他殺説と遺書の全貌
太宰治の死因と最期の真相|玉川上水心中・他殺説と遺書の全貌にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。
太宰治が入水自殺を決意した最大の内的要因は、己の全存在を削り出して執筆した畢生の大作『人間失格』の完成による精神の空虚化でした。昭和23年5月12日、熱海で同作を脱稿した太宰は、自らの恥多き半生を文学として完全に清算し終えた感覚に陥っていたといいます。
太宰の部屋には、妻である津島美知子、師匠である井伏鱒二、そして子どもたちや友人編集者たちへ宛てた複数通の遺書が整然と残されていました。なかでも妻・美知子へ宛てた遺書は、太宰の複雑な心情を今に伝える第一級の資料です。
「美知様
誰よりも愛して居りました。
(中略)
小説を書くのが嫌になつたから死ぬのです。」
――太宰治 妻・美知子へ宛てた遺書(抜粋)
美知子夫人は、破滅型の太宰を家庭内で支え続けた聡明な女性でした。太宰自身、美知子との間に長男・正樹、長女・園子、次女・里子(作家・津島佑子)をもうけ、家庭人としての幸福を知りながらも、無頼派作家としての自意識とのギャップに苦しみ続けました。
加えて、戦後の猛烈なインフレーションのなかで課された莫大な「追徴課税」の金銭トラブルや、太田静子との間に生まれた愛人関係・庶子(太田治子)を巡る道義的葛藤など、現実生活の重圧が一気に太宰の肩にのしかかっていたことも大きな誘因となりました。