木村安兵衛の生涯とあんぱん誕生秘話|侍から銀座木村屋創業へ

木村安兵衛の生涯とあんぱん誕生秘話|侍から銀座木村屋創業への要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。

木村安兵衛は、文化14年(1817年)に現在の茨城県にあたる常陸国牛久藩の武士の家に生まれました。幕末期には江戸詰め武士として弓術指南などを務めていたと伝えられていますが、1868年の明治維新によって武士階級は崩壊。安兵衛もまた、武士としての身分と俸禄を完全に失う「士族の没落」に直面しました。

当時50代を迎えていた安兵衛にとって、まったく経験のない商業の世界へ飛び込むことは背水の陣でした。明治政府による士族授産(失業武士の救済策)の流れの中で、安兵衛は職業紹介施設であった「授産所」の監督役に就任します。そこで長崎出身の元オランダ屋敷料理人・辻芳之助と出会ったことが、運命を大きく変える契機となりました。

当時の日本において、パンは「異人の食べる固くて酸っぱいもの」と敬遠され、一般庶民の日常食とは到底呼べない存在でした。しかし安兵衛は、「これからの文明開化の時代、日本人の体格向上と近代化には主食としてのパンが不可欠になる」と確信。1869年(明治2年)、東京・芝に妻の木村ブン、次男の木村英三郎の名から一字ずつ取った前身店舗「文英堂」を開業しました。

しかし、船出は順風満帆とは程遠いものでした。開業直後の明治3年、芝の大火によって店舗と資材のすべてを焼失。無一文に近い状態へ追い込まれながらも、安兵衛は諦めることなく京橋区尾張町(現在の銀座)へと移転し、店名を「木村屋(現在の木村屋總本店)」と改めて再起を図ったのです。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

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