朝青龍の現在と総資産は?電撃引退の真相から甥・豊昇龍の絆まで徹底解説
朝青龍の現在と総資産は?電撃引退の真相から甥・豊昇龍の絆まで徹底解説の真相について、最新情報を詳しくお届けします。
相撲界の絶対王者として君臨し続けた朝青龍ですが、その現役生活は相撲協会の伝統的規範との度重なる軋轢の歴史でもありました。
2007年「サッカー事件」と前代未聞の2場所連続出場停止処分
最大の転機の一つとなったのが、2007年7月に発生した「サッカー騒動」です。腰椎疲労骨折などの診断書を提出して夏巡業への不参加を届け出ていた最中、母国モンゴルで元サッカー日本代表の中田英寿氏らとチャリティーサッカーの試合に出場し、元気にボールを蹴る姿がテレビ放映されました。
この行動が日本相撲協会の逆鱗に触れ、「2場所連続の出場停止」「秋場所千秋楽までの謹慎処分(自宅および母国での静養)」という、横綱としては前代未聞の厳罰が下されました。当時、精神的に追い詰められた朝青龍はウランバートルの自宅で療養を余儀なくされ、一時は現役引退危機まで囁かれました。
2010年1月場所中の知人男性暴行騒動と電撃引退の真因
そして2010年1月場所中、泥酔状態の朝青龍が東京都港区六本木のクラブ周辺で知人男性とトラブルになり、暴行を加えたとされる問題が週刊誌や大手紙で一斉に報じられました。場所中には通算25回目の優勝を果たしたものの、事態を重く見た日本相撲協会は臨時理事会を招集。事実上の「引退勧告」が不可避の情勢となる中、2010年2月4日、朝青龍は自ら引退届を提出しました。
引退会見で語られた「横綱の責任を取る形で引退を決意した。土俵生活に悔いはない」という言葉の裏には、これ以上相撲協会や師匠(元大関・前の山)に迷惑をかけられないという葛藤と、自身の信条を貫き通した上でのプライドが色濃くにじみ出ていました。当時29歳、まだまだ土俵の主役として君臨できる肉体を残したままの早すぎる幕引きでした。