川中島の戦いの勝者はどっち?武田信玄と上杉謙信の勝敗と結末

川中島の戦いの勝者はどっち?武田信玄と上杉謙信の勝敗と結末とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

奇襲を逆手に取られた武田軍本隊は、上杉軍の波状攻撃(車懸りの陣)により大混乱に陥りました。この大乱戦の中で、武田家は極めて痛烈な犠牲を払うことになります。

信玄の右腕として信望を集めていた実弟の武田典厩信繁や、老臣の諸角虎定、そして作戦失敗の責任を感じて敵陣に突撃したとされる山本勘助らが次々と討死しました。死傷者の被害状況は武田軍が約4,000人以上、上杉軍も3,000人以上にのぼり、当時の戦国合戦としては異例の死傷率を記録する凄惨な損害を出しました。

名高い「信玄と謙信の一騎打ち」において、白頭巾姿の謙信が信玄の本陣に単騎で斬り込み、太刀を三度浴びせるも信玄が軍配で防いだという「三太刀七太刀(みたちななたち)」の伝説は、後世の軍学書『甲陽軍鑑』がドラマチックに描いた逸話です。近年の歴史研究では、実際に切り込んだのは謙信本人ではなく上杉の荒武者であった説や、象徴的な脚色とする見方が有力ですが、信玄の本陣がそこまで肉薄されるほど武田軍が絶体絶命の危機に瀕していた事実を物語っています。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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