船生かぶき村の現在は?閉館の噂と劇団暁の真実を徹底追跡

船生かぶき村の現在は?閉館の噂と劇団暁の真実を徹底追跡の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。

船生かぶき村の存在意義を理解するには、劇団暁が辿った過酷な黎明期の歴史を振り返る必要があります。劇団暁の創設は、昭和58年(1983年)6月。栃木県西那須野町(現・那須塩原市)に存在した名門施設「那須ヘルスセンター」での旗揚げがすべての始まりでした。

初代座長の三咲てつやが劇団を立ち上げてから、自分たちの城を持つまでには12年間におよぶ長い旅廻りの歳月を要しました。来る日も来る日も移動を重ね、資材や生活用具をトラックに詰め込んで全国を転々とする日々。安定した稽古環境と、役者が家族とともに腰を据えて芸を磨ける拠点を希求した結果、平成6年(1994年)11月11日、塩谷町船生の地に「船生かぶき村」が開場しました。

当時の塩谷町は人口わずか1万3,000人ほどの山あいの町。エンターテインメントの常設興行を行う立地としては極めて無謀とも思える環境の中で、悪戦苦闘の旗揚げ劇が繰り広げられました。初代座長の手記にも残されている通り、地元住民との摩擦や集客の困難を乗り越え、手作りのぬくもりを持つ「ふれ愛人情劇場 芝居茶屋」として全国から愛好家を呼び寄せる奇跡的な空間をつくり上げたのです。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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