別府「志高荘」はなぜ閉館したのか?跡地の現在と再開発の真相に迫る
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別府市街地から鶴見岳の山麓へと車を走らせた標高約600メートルの高地に位置する志高湖。その湖畔に建っていた別府市の国民宿舎「志高荘」が閉館に至った背景には、施設の老朽化と公営宿を取り巻く環境の激変が存在します。
昭和の高度経済成長期から家族旅行や林間学校、合宿の受け皿としてフル稼働してきた志高荘ですが、築年数の経過に伴い外壁や配管設備の劣化が深刻化していました。さらに、耐震基準の強化に伴う大規模改修には莫大な公金投入が必要となる一方、民間の温泉旅館やビジネスホテルとの競合、旅行スタイルの多様化により稼働率は全盛期に比べ低下傾向にありました。
別府市における公共施設等総合管理計画の策定に伴い、採算性や維持管理コストの費用対効果が厳格に精査された結果、多額の改修費をかけて維持するのではなく、施設の役割を終えたとして閉鎖の決断が下されました。単なる一時的な休業ではなく、自治体のインフラ健全化と安全確保を最優先にした現実的な判断でした。