【家系図】安倍洋子の華麗なる一族|岸信介から安倍晋三へ続く血脈の真相
【家系図】安倍洋子の華麗なる一族|岸信介から安倍晋三へ続く血脈の真相の見逃せないポイントを一挙に解説しました。
洋子氏と晋太郎氏の間には3人の息子が誕生しましたが、それぞれが歩んだ道は大きく異なります。その背景には、岸家の家名を残すための重い政治的決断が存在していました。
長男の安倍寛信氏の経歴は、政治の世界ではなくビジネス界で築かれました。成蹊大学を卒業後、三菱商事に入社。長年にわたり商社マンとして活躍し、三菱商事パッケージングの社長や会長を歴任するなど、財界において確固たる地位を確立しました。政治とは一線を画しながらも、安倍家の長男として一族を支える屋台骨となってきました。
政界へ進んだ次男・晋三氏に対し、三男の岸信夫氏(元防衛大臣)は生後間もなく母方の伯父である岸信和氏(岸信介の長男)の養子となりました。この岸信夫氏の養子入りの理由は、信和氏に子供がおらず、かつ健康上の理由から政界進出が難しかったため、「岸家の血脈と地盤を絶やしてはならない」という信介氏や洋子氏らの強い意向によるものでした。
信夫氏自身は大学進学時に戸籍謄本を見るまで自身が養子であることを知らなかったと述懐していますが、後に実兄である晋三政権下で閣僚を務めるなど、兄弟で日本の安全保障政策を主導する稀有な関係を築きました。