12月2日は何の日?宇宙飛行の真相からドラミ誕生秘話まで徹底解剖
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12月2日を語る上で外せない最大のトピックが、「日本人宇宙飛行記念日」です。1990年12月2日、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられたソ連の宇宙宇宙船「ソユーズTM-11」に搭乗し、日本人として初めて宇宙空間へと到達したのは、宇宙航空研究開発機構(当時はNASDA等)のエリート研究者ではなく、当時TBS(東京放送)の報道記者であった秋山豊寛氏でした。
国家プロジェクトではなく、民放キー局の「創立40周年記念事業」としてスタートしたこの計画には、当時のレートで約12億円とも報じられた巨額の資金が投じられました。当時、旧ソ連はペレストロイカ末期の外貨獲得政策を進めており、TBSの商業宇宙飛行提案が電撃的に合意へと至った背景があります。
当時の特番インタビューや自著・手記において、秋山氏は過酷極まる訓練とプレッシャーを赤裸々に告白しています。宇宙飛行士候補として選ばれた当初はヘビースモーカーであり、モスクワ郊外「星の街」での訓練開始直後から凄まじい禁煙離脱症状と遠心加速度訓練に耐え忍ぶ日々が続きました。軌道上から日本に向けて放たれた第一声、「これ、本番ですか?」という飾り気のない肉声は、作られた英雄像ではなく「一人の生身のジャーナリストが極限状態の中で宇宙に立った瞬間」を象徴する言葉として、今なお昭和・平成のテレビ史に刻まれています。
現地での重度な「宇宙酔い」に顔を歪めながらも、民間の生中継カメラの前で宇宙環境のリアルを伝えた秋山氏の姿は、現在の宇宙旅行商業化(民間宇宙旅行時代)の原点として、海外の宇宙工学関係者の間でも高く評価されています。