山本美香さんの遺体帰国と死因の真実|銃撃から無言の帰国までの全貌
話題沸騰中の 山本美香さんの遺体帰国と死因の真実|銃撃から無言の帰国までの全貌について、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。
発砲が止んだ後、煙が立ち込める路地で佐藤氏が懸命に探したものの、山本さんの姿はありませんでした。周辺住民や戦闘員への聞き込みを続け、救急搬送された可能性を追って現地の仮設野戦病院へと向かいました。
薄暗い病院の一角で、佐藤氏が目にしたのは担架の上に横たわる変わり果てた山本さんの姿でした。「声をかけても反応がなく、まだ温もりは残っていたものの、脈は止まっていた」と佐藤氏は当時の極限状態を吐露しています。即死に近い状態であったことが確認され、現地医師の手によって死亡が宣告されました。
そこからの遺体搬送も、戦闘が続くシリア国内では命がけの作業となりました。シリア政府軍の空爆や追撃を避けるため、反体制派の護衛車両に棺を乗せ、北部のトルコ国境「バブ・アルサラマ」を目指して陸路を急行。国境を越えた後、トルコ南部キリスの病院、そしてアダナ空港からイスタンブールへと空路で搬送されました。
8月25日早朝、佐藤氏に付き添われ、山本さんの遺体を乗せた民間機が成田空港に到着しました。空港の貨物地区で待ち受けた遺族や同僚ジャーナリストの前に、白い布に覆われた棺が静かに姿を現しました。日本中が見守る中での「無言の帰国」となり、到着ロビーで行われた会見で佐藤氏は疲労困憊の表情を浮かべながら、「彼女を守りきれなかった」と深々と頭を下げ、無念の思いを絞り出しました。