孤高の日本画家・田中一村の魂と傑作!奄美大島に捧げた波乱の生涯

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1908年、栃木県栃木市に生まれた田中一村(本名・田中孝)は、幼少期から「神童」と謳われ、南画(文人画)の手ほどきを受けた父のもとで驚くべき早熟の才能を開花させた。十代半ばにしてすでに玄人跣の筆遣いを見せていた彼は、難関の東京美術学校(現在の東京藝術大学)日本画科へと進学を果たす。

同期には、後に昭和の日本画壇で頂点を極める東山魁夷や橋本明治といった錚々たる顔ぶれが並んでいた。しかし、一村は入学からわずか数カ月で同校を退学してしまう。病気や家計の困窮が表向きの理由とされたが、形式化したアカデミズムの教条主義に激しい反発を覚えたとも伝えられる。栄光の階段を駆け上がっていく東山魁夷らの華やかなキャリアとは対照的に、一村は一切の徒党を組まず、中央画壇という巨大な権威から決定的にドロップアウトする道を選んだ。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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