大奥最大の疑獄「江島生島事件」愛憎スキャンダルと権力の真相
大奥最大の疑獄「江島生島事件」愛憎スキャンダルと権力の真相を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を凝縮して配信します。
下された処分は、江戸社会に戦慄を走らせた。絵島は死罪を一変され、信濃国高遠藩(現在の長野県伊那市)へのお預け・流刑となった。生島新五郎は三宅島へ遠島。さらに山村座は芝居小屋を取り潰され、江戸の歌舞伎興行そのものが深刻な打撃を受けた。
連座した奥女中、商人、医師、旗本など、処罰された人間の総数は1,400人を超えたとされる。高遠に送られた絵島を待っていたのは、厳重な監視下に置かれた囲み屋敷での幽閉生活だった。朝夕の食事制限、外界との文通禁止、朝夕の読経――。
しかし、絵島は取り乱すことなく、配流地で静かに余生を過ごしたと伝えられる。高遠の地で彼女が見せた気品ある振る舞いは、やがて地元の人々の敬意を集め、61歳でその波乱に満ちた生涯を閉じた。彼女の墓所である蓮華寺には、今も静謐な空気が漂っている。