昭和の傷痕か、メディアの劇薬か——ビートたけしと戸塚ヨットスクールが突きつけた「教育と暴力」の未解決問題
昭和の傷痕か、メディアの劇薬か——ビートたけしと戸塚ヨットスクールが突きつけた「教育と暴力」の未解決問題の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
1970年代末から80年代初頭にかけて、日本社会は非行や家庭内暴力の嵐に見舞われていた。家庭や学校で手を焼いた「問題児」を力でねじ伏せ、短期間で「更生」させると謳った戸塚ヨットスクールは、困り果てた保護者にとって最後の藁にもすがる思いの救世主に映った。
必読記事
だが、その裏にあったのは、過酷な訓練という名のリハビリではなく、日常化された暴行と人権の蹂躙だった。死亡事故や行方不明事件が相次ぎ、警察の捜査が入るに及んで社会は震撼した。しかし真に恐ろしいのは、事件発覚後も「一定の体罰は必要だ」「指示に従わない子供には力で教えるしかない」という世論が少なからず存在したことだ。メディアは劇的なドラマとしてこれを煽り、視聴率を獲得するための格好の素材として消費していった。