ジャンヌ・ダルクとは?救国の少女が火刑に処された真相と奇跡の生涯

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今日まで詳細に残されているルーアンの異端審問記録からは、法学と神学の碩学たち数十名に包囲されながらも、恐れずに毅然と答弁したジャンヌの驚異的な知性がうかがえます。

裁判官たちは、ジャンヌを罠に嵌めようと狡猾な神学的質問を投げかけました。その代表例が「あなたは今、神の恩寵(恵み)の中にいると確信しているか」という問いです。「はい」と答えれば傲慢(神の意志を人間が断定する罪)になり、「いいえ」と答えれば神から見放された罪人であることを自白したことになります。この絶体絶命の問いに対し、ジャンヌは次のように即答しました。

「もし恩寵の中にいないのであれば、神が私をそこへ導いてくださいますように。もし恩寵の中にいるのであれば、神が私をそのまま留めてくださいますように」

この完璧な論理的一撃に、法廷内の神学者たちは息を呑み、審問を一時中断せざるを得なかったと記録されています。

追い詰められた裁判側は、最終的に「男装の着用(聖書が禁じる異性の衣服を着ること)」と「教会よりも神の声を優先する態度」を執拗に問題視しました。ジャンヌにとっての男装は、前線での活動性だけでなく、監獄でイングランド兵からの性的暴行を防ぐための切実な防衛手段でした。一度は死刑の恐怖から減刑書類に署名したジャンヌでしたが、獄中で再び男装を余儀なくされたことを口実に「異端の再犯」と認定されます。

1431年5月30日、ルーアンのヴィエイ・マルシェ広場に築かれた処刑台の上で、ジャンヌは19歳という若さで火刑に処されました。炎に包まれながら十字架を見つめ、最期に「イエス!」と叫び続けたその姿に、処刑を見届けたイングランド軍の秘書官ジャン・トレサールは「私たちは取り返しのつかないことをしてしまった。聖女を焼き殺してしまった」と涙を流して叫んだと伝えられています。遺灰は英雄崇拝の対象となることを恐れた軍によって、すべてセーヌ川へと流されました。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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