羽生善治の若い頃が超イケメン?七冠独占の伝説と寝癖の真相を徹底解剖

羽生善治の若い頃が超イケメン?七冠独占の伝説と寝癖の真相を徹底解剖の背景について、最新情報を詳しくお届けします。

羽生善治の若い頃を語る上で外せないのが、8歳年上の天才・谷川浩司十七世名人とのライバル対決です。「光速の寄せ」で一世を風靡し、21歳で名人に登り詰めた谷川は、羽生にとって最大の壁であり、目指すべき孤高の頂でした。

1995年、羽生が王将戦に挑戦し、史上初の七冠独占に王手をかけた第1戦。これを死力で阻んだのが王将を保持していた谷川でした。阪神・淡路大震災の直後、被災地・神戸の誇りを背負って盤に臨んだ谷川が羽生の七冠を阻んだシリーズは、将棋史に残る名勝負として語り継がれています。翌1996年に羽生がリベンジを果たし七冠を達成した際も、両者の間には言葉を超えた深い敬意が存在していました。

同時に、羽生と同年代の棋士たちが形成した「羽生世代」の熱量は凄まじいものがありました。森内俊之、佐藤康光、丸山忠久、郷田真隆、藤井猛ら、歴史に名を残す怪童たちが同時期に奨励会に集結し、互いの研究をぶつけ合いました。彼らは盤上では容赦なく削り合う敵でありながら、将棋の技術体系そのものを革新していく共同体でもあったのです。

さらに私生活においても大きな転機が訪れます。七冠達成直前の1995年末、NHK連続テレビ小説『京、ふたり』のヒロインを務めた人気女優・畠田理恵との婚約を発表。1996年春に執り行われた結婚式は、将棋界の絶対王者とトップ女優のカップルとしてワイドショーを席巻しました。一部マスコミの執拗な取材攻勢に対しても、羽生は毅然とした大人の態度を崩さず、妻を守り抜く姿勢を見せたことで、人間的な器の大きさに対する世間の評価は一段と高まりました。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest