赤西仁の10代はなぜ国宝級なのか?Jr時代の伝説と現在の進化を徹底検証
赤西仁の10代はなぜ国宝級なのか?Jr時代の伝説と現在の進化を徹底検証の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でまとめました。
今や語り草となっているのが、赤西仁の入所理由と経歴にまつわる驚くべきエピソードです。彼がジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)のオーディションを受けたのは1998年11月、14歳のときでした。テレビで錦戸亮の姿を見て芸能界に興味を持ったことがきっかけとされていますが、その合格劇はまさにドラマそのものでした。
オーディション本番で審査員へのアピールが振るわず、一度は落選の烙印を押された赤西青年。しかし、会場を出る際に胸につけていたナンバープレート(名札)を誰に返却すればよいかわからず、たまたま通りかかった年配の男性に「これ、どこに戻せばいいですか?」と直接手渡しました。その相手こそが、事務所社長であったジャニー喜多川氏だったのです。物怖じしない堂々とした態度と際立つ顔立ちに直感を覚えたジャニー氏から「YOU、残っちゃいなよ」と告げられ、奇跡的な大逆転合格を果たしました。この「名札返却の奇跡」は、ファンの間で赤西仁の伝説のエピソードとして四半世紀以上にわたり語り継がれています。
入所後の赤西仁のJr.時代は決して順風満帆なエリートコースばかりではありませんでした。しかし、B.A.D.などのユニットを経て、2001年3月に大きな転機が訪れます。堂本光一の専属バックダンサーグループとして結成されたのがKAT-TUNでした。これが世に知られるKAT-TUN結成秘話の始まりです。
メンバー全員が尖り、不良っぽさとワイルドさを前面に押し出した異色のグループの中で、赤西仁は抜群の歌唱力とリズム感を武器に、絶対的なメインボーカルとして存在感を急速に強めていきました。既存の「優等生アイドル」の枠組みを嘲笑うかのような鋭利なパフォーマンスは、当時のジャニーズJr.ブームの中でも異彩を放ち、デビュー前にもかかわらず東京ドームを満員にする前代未聞の原動力となったのです。