1982年(昭和57年)は何があった?激動の出来事と豪華芸能人の現在
1982年(昭和57年)は何があった?激動の出来事と豪華芸能人の現在について見逃せない 注意点を厳選して解説いたします。
1982年のポップカルチャー界は、女性アイドル史の最高峰と称される「花の82年組」の台頭と、ニューミュージックから歌謡曲へのクロスオーバーが生み出した数々の金字塔に彩られました。
音楽チャートを席巻したのは、女子大生デュオ・あみんの「待つわ」でした。オリコン年間シングルチャート1位を獲得し、累計売上100万枚を突破。薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」、岩崎宏美「聖母たちのララバイ」、中村雅俊「心の色」、細川たかし「北酒場」など、ジャンルを超えた名曲が街中に鳴り響きました。
そして芸能界において特筆すべきは、空前絶後の新人アイドル豊作年であった点です。
- 中森明菜:「スローモーション」でデビュー後、第2弾シングル「少女A」で不良少女路線を打ち出し、圧倒的な歌唱力と表現力でトップスターへ飛翔。
- 小泉今日子:「私の16才」でデビュー後、従来のアイドル像を覆すセルフプロデュース力と飾らない個性で「キョンキョン」旋風を巻き起こす。
- 多彩な同期陣:松本伊代(前年秋プレデビュー)、堀ちえみ、早見優、石川秀美、三田寛子らが一斉に競い合い、テレビの歌番組全盛期を築き上げました。
カルチャー面では、暴走族風の衣装を着せた子猫の写真グッズ「なめ猫(全日本暴猫連合 なめんなよ)」が社会現象化し、免許証風カードなどの関連グッズが社会問題になるほどの爆発的セールスを記録。また、手のひらサイズのミニカー「チョロQ」が大ブームとなるなど、ポップで遊び心に溢れた消費カルチャーが花開きました。