四天王寺西大門が極楽浄土の東門と呼ばれる理由と転法輪・日想観の真相
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四天王寺を初めて訪れた参拝者が「お寺なのに、なぜ正面に巨大な鳥居があるのか?」と戸惑うケースが後を絶ちません。明治時代の神仏分離令(廃仏毀釈)によって全国の寺院から鳥居が撤去された歴史があるため、「鳥居=神社だけのもの」という認識が広く定着しているからです。
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しかし、四天王寺の石鳥居は、神仏習合が色濃く残る正真正銘の仏教寺院の門として維持されてきました。四天王寺西大門の歴史を辿ると、元々は創建当初の木造鳥居から、永仁2年(1294年)に忍性(にんしょう)上人によって現在の石造鳥居へと改変されました。仏教の聖域を示す結界として鳥居を用いる形式は、古代日本においてごく自然な宗教的調和の姿でした。
現在の西大門自体も、幾度もの戦火と天災を乗り越えてきた歴史を持ちます。1945年の大阪大空襲によって灰燼に帰したのち、1962年(昭和37年)に松下電器産業(現パナソニック)の創業者・松下幸之助氏の寄進によって現在の壮麗な姿に再建されました。実業家としても知られた松下氏が、人々の心の平安と経済復興を願い、極楽往生の玄関口である西大門を寄進したという事実は、現代の産業史と寺院復興史が交差する見逃せないエピソードです。