おい小池ポスターの真相と結末|逃亡11年の末に岡山で迎えた最期
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日本中を震撼させた逃亡劇の発端は、2001年(平成13年)4月20日から21日にかけて発生した極めて残虐な強盗殺人・放火事件でした。徳島県徳島市にある無職男性(当時66歳)の自宅が放火され、焼け跡から縛られた状態の家主の遺体が発見されます。現場の検証から、男性は首を圧迫されたうえで自宅に火を放たれたことが判明しました。さらに翌21日、兵庫県淡路島の山中で男性の長男(当時38歳)が首を絞められて殺害・遺棄されているのが見つかり、事件は2県にまたがる未曾有の凶悪事件へと発展します。
捜査本部が浮上させた主犯格が小池俊彦でした。被害者宅から現金や預金通帳が奪われていたこと、周囲の防犯カメラや関係者の供述などから、徳島県警察は小池を強盗殺人および現住建造物等放火、死体遺棄の容疑で公開捜査に踏み切ります。その後、警察庁によって重要指名手配(のちに特別指名手配)に指定され、全国の警察官がその行方を追い始めました。徳島父子放火殺人事件の経緯を振り返ると、金銭トラブルを端緒とした冷酷な犯行であり、奪った資産を手に現場から素早く姿を消した容疑者の足取りは、事件直後から完全に途絶えていたのです。