Dmm亀山会長が顔を出さない理由とは?総資産と型破りな経営哲学

Dmm亀山会長が顔を出さない理由とは?総資産と型破りな経営哲学の背景について、最新情報を基に徹底解説します。

華麗な学歴やエリートコースとは完全に無縁なところから、一代で巨大コングロマリットを築き上げた歩みも、亀山会長を語る上で欠かせない要素です。亀山敬司氏の経歴と学歴を辿ると、石川県加賀市に生まれ、石川県立大聖寺高等学校を卒業後、上京して専門学校へ進学するもほどなく中退しています。

その後は定職に就かず、露天商での物売り、飲食店での皿洗い、麻雀店やプールバーの経営、さらにはダンスやDJカルチャーに身を投じるなど、昭和から平成初期の雑多な現場で商売の勘所を叩き込みました。この時期に培われた「人はどのような欲望にお金を払うのか」「生き残るためにはどんな泥水でもすする」という商人の嗅覚が、後のDMM創業ストーリーの強固な土台となります。

転機が訪れたのは1980年代後半、地元・石川県加賀市でオープンしたレンタルビデオ店「KC商事」でした。大手のTSUTAYAなどが全国展開を進める中、地方の小規模店舗が生き残るための差別化戦略として、当時は流通が未成熟だったアダルトビデオの仕入れと販売に活路を見出します。その後、自社での映像制作や版権ビジネスへと川上へ進出していきました。

圧巻だったのは1998年、通信環境がまだISDNや低速モデムだったインターネット黎明期に、いち早く動画配信サイト「DMM」を立ち上げた決断です。「動画配信など回線が細すぎてビジネスになるはずがない」と大手IT企業が嘲笑していた時代に、自前でサーバーインフラを整備し、課金システムを構築。巨額のキャッシュフローを生み出すエンジンの開発に成功しました。このとき得た圧倒的な資金力を元手に、金融、ゲーム、英会話といったクリーンな総合エンタメ事業へと大胆な多角化を進めていくことになります。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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