【疏水とは】用水路との決定的な違いは?京都を救った驚きの真相を徹底解説

【疏水とは】用水路との決定的な違いは?京都を救った驚きの真相を徹底解説の真相について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。

この国家的難工事の主任技術者に抜擢されたのが、工部大学校(現在の東京大学工学部)を卒業したばかりの田邉朔郎(たなべ さくろう)でした。当時わずか20代前半の若き技術者が現場を指揮し、逢坂山などの険しい山々をトンネルで貫く過酷な工事を成し遂げました。

特筆すべきは、工事の途中で田邉がアメリカ視察を経て決断した「設計変更」です。当初は水車による直接動力を想定していましたが、米国で実用化されつつあった最新鋭の「水力発電」に着目。急遽プランを転換し、1891(明治24)年に蹴上(けあげ)発電所を稼働させました。

これが日本で初めての一般供給用・事業用水力発電所となりました。ここで生まれた電力が日本初の路面電車(京都電気鉄道)を走らせ、紡績や繊維などの近代工場を一気に稼働させたことで、京都は見事に先端産業都市へと生まれ変わったのです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest